皆川博子『壁・旅芝居殺人事件』1984(昭和59)年9月刊 書評と内容
皆川博子『壁・旅芝居殺人事件』1984年刊
90歳にしてなお、驚異的な創作活動を続けている孤高の幻想伝奇小説の巨匠、皆川博子さんが、50代で発表した昭和レトロな妖しい絵巻の如きミステリー作品。昭和60年の第38回日本推理作家協会賞を受賞しています。
もしも、ささやかな当ブログで、関心を持った人は、是非、本を読んでくださいね !!!
⭐️ザッとあらすじ
主人公の三藤秋子は、祖父が昭和初期に買い取った大正三年に建てられた桔梗座の娘である。秋子9歳の時の蘭之助劇団興行中の舞台事件の回想から、物語ははじまる。
唯一、奈落を使う旅芝居劇団の若き座長市川蘭之助は、四綱渡りに失敗し、舞台の奈落へ転落するも、無事であった。そして興行中、若い役者の菊次が金をもって失踪する。
翌日、不思議にも奈落から、中年役者の浅尾花六の絞殺死体と雑用係セイさんの縊死体が発見され、セイさんが花六殺害後に自殺した顛末として片付けられる。その後、菊次の弟小菊も劇団から姿を消す。この一連のガタガタで劇団は解散する。
劇場主の秋子の父が亡くなり2年経った15年後、母と秋子の桔梗座は廃館解体される始末となり、ゆかりある旅芝居役者達が集まった最後の閉館特別公演で、再び事件が発生する。
まず、自ら四綱渡りを望んだ東京のフリー役者の立花知弘が、ケレンの四綱で落下し墜死する。次に、緞帳落しを主唱していた元蘭之助劇団員の大月城吉の姿が消えて、その絞殺死体が、公演後に発見される。やがて立花の転落事故と思われた落下も、毒による他殺と判明する。
秋子は、熊本、松山道後温泉、東京浅草に元劇団員などの関係者を訪ね調べた末に、解体工事が進み、露天のもとで瓦解している桔梗座の奈落にあった壁で真実をしる。
⭐️分析 これは幻想小説でもあるのか?
レトロで非現実的とも思える耽美な雰囲気のうちに、解体予定の旅芝居小屋桔梗座を舞台として、主人公の秋子視点から、二つの事件が15年を挟んで、全5章で語られ謎が解かれていいます。
1. 流花之章・・・秋子による15年前の桔梗座で起った殺人事件についての回想
2. 闘花之章・・・廃館する桔梗座の現況と、興行中の立花の墜死事故
3. 幻花之章・・・大月城吉の殺害事件と立花の墜死事故が他殺であると判明
4. 弄花之章・・・蘭之助劇団について、秋子がたどる調査の旅
5. 燎花之章・・・事件の解明
作品全体を貫いて、執拗に支配しているイメージは「奈落」と「転落」の濃厚に漂う滅びの気配です。
不思議にも桔梗座という芝居小屋自体が、まるで生きているかのように、人と共鳴、シンクロしながら崩壊し奈落へ落ちていくイメージを共有しているという意味で、この劇場そのものも主人公ともいえるでしょう。
つまりは幻想小説ともいえるかもしれません。
⭐️【佚書一節】本をなくしても記憶に残りそうな一節
消えるということは、
つまり本人はどこかすばらしい、
この世の外、
なみの人間には行けぬところに出現しているのだ、
⭐️こんな人に読んでほしいかも
幻想伝奇伝奇小説が好きな人や、皆川博子さんのファン(笑)
⭐️作品分類🌙 まだ読んでない人は、読まないほうが、、、、
🌛事件・・・・・・6人が殺害される3件の殺害事件と、1件の墜死事故
発生場所・・・・西日本にある大正期建造の芝居小屋「桔梗座」
被害者・・・・【現在の事件】立花知弘と、大月城吉こと水木歌之輔
【15年前の事件】浅尾花六と、セイさん
【秘められた事件】菊次と、蘭之助
被害者の隠し方・劇場の奈落の底にあるの壁
犯罪手段・・・・農薬による事故誘発、絞殺
🌛作品のトリック
二人一役・・替え玉 :蘭之助 ⇄ 菊 次
一人二役・・入替え :小 菊 ⇄ 立花知弘
歌野晶午『世界の終わり、あるいは始まり』 2002年(平成14年)2月刊 書評と内容
歌野晶午『世界の終わり、あるいは始まり』2002年刊
『葉桜の季節に君を思うということ』(2003年)の驚天動地の結末で、多くの読者をウナらせ、感嘆させた千葉県出身の歌野晶午(1961-)さんの大ブレイク直前の長編です。
『葉桜』読後に読んだ方が多いためか、この『世界の終わり』の結末には、モヤモヤ感をもった読者が多いようなので、ボクなりの読書案内をさせて頂きます。
もしも、ささやかな当ブログで、関心を持った人は、是非、本を読んでくださいね !!!
⭐️ザッとあらすじ
埼玉県入間市から、小学低学年生が犠牲となる、4件の連続誘拐殺人事件が始まる。
幼い被害者の携帯メールから、誘拐犯にしては少額な身代金が要求されるが、金の受け渡し前に、被害者が拳銃で殺害される残忍さで、街は騒然となる。
事件で大騒ぎの街に住む、平凡なサラリーマンの富樫は何気なく入った小6の息子雄介の部屋で4人の被害者親のメアドが記載された名刺を発見してしまう。
息子は連続誘拐事件に関わっているのではないかと、富樫は疑いを抱き、自らの疑念を晴らすべく、仕事も手につかず、秘かに調査を始める。
しかし、調べるほどに、関わるどころか、ズバリ犯人そのものではないかと思い始め、自分と息子、妻、娘からなる家族が直面するであろう、これから始まる地獄のような糾弾の未来を想像し、愕然とする。
息子雄介は果たして犯人なのか?
父である自分は、どうすべきなのか?
家族の向かう地獄への途を回避するには、何を行えばいいのか?
パンドラの箱ともいうべき事実を知ってしまった富樫は、事件の罪禍に恐懼し、結末を予測して、思い悩む、、、、、、
⭐️分析 これはミステリーなのか?
読後レビューでも、多くの疑問が、これでした !!
『世界の終わり』という作品は、事件が発生し、謎のトリックが最後には解明解決されるという、謎解きの過程を楽しむミステリー小説か、といわれれば、明らかに違います。
歌野晶午さんの作品がいつもそうであるように、全500Pからなる作品は、凝った五部構造からなっています。
序部 第1章1.〜 5.節 ・・・第1の事件の事実ベースの発端話
第2章1.〜 2.節 ・・・第2と第3の事件事実のみ
第3章1.〜27.節 ・・・富樫家の登場と第4の事件事実。
息子についての疑惑の発生話
第 I 部 1.〜17.節 と ❇︎節
第 II 部 1.〜 8.節 と ❇︎節
第 III 部 1.〜 4.節 と ❇︎節
第 IV 部 1.〜 17節 と ❇︎節
18節 と ❇︎節
長い序部と、第 I 部から第 IV部の中にある5つのアスタリスク❇︎節が、時系列に現実である事実を物語りします。
❇︎節以外の第 I 部から第 IV部では、現実との境界が極めてゆるい、十分にリアリティある妄想の物語が述べられます。
限りなく、あり得る現実で、また富樫が選ぶことができる可能性の高い想像。
現実なのか?
どこまでが、想像なのか?
現実と妄想の混濁が明らかにあり、 読者はここで、現実と妄想する未来の森で彷徨うわけです。
4つの連続誘拐殺人事件の事実が、はじめの序部で簡単に語り尽くされていることからも、この作品の、ミステリーとしての謎は、事件自体にないことがわかります。
ありふれた郊外に住む、表面的には普通で平和な「家族」という存在自体が、本当は虚像にすぎず、誘拐殺人事件を触媒として、実は欲望と利己的本能が真実の謎として、その本質をあらわにしているのです。
富樫からみれば、小学6年の息子は、DNAで繋がった息子でありながら、謎そのもののです。あるべき小6児童像から外れすぎているモンスターだからなのですが、表面的にはそうは見えない。
そもそも人は、あるべき児童とか、あたりまえの社会通念とか、ありふれた綺麗ごとの社会道徳とかの表層で、リアルな現実を説明できるものなのでしょうか?
そんなものは案外、虚像にすぎないのかもしれません。
人はなぜ、人を殺してはいけないのか ?
このあたりまえで、あまりに自明すぎる命題にさえも、富樫は答えることができないのです。
富樫の主観としては、事件を契機に、息子、妻、そして富樫自身さえもが、謎でミステリアスな存在に変身しています。人々の誰もが、実は謎を秘めた存在なのです。
作品ジャンルの分類なんて、全く無意味だとボクは思うのですが、自分、息子、家族、人間が実は謎であるという点で、この本も一味違う新たなミステリーで、かつエンターテイメントな立派な文学といえます。
ちょっと見ると受け身で、人生に翻弄されているかのようにみえる弱い人間にも、実際にはまだ、ここぞ !という時に行動を選びとる能力と自由、そして責任があります。
どうもこの家族に、タイトルにある「世界の終わりは」は、もうすでに発生している可能性が高いのですが、富樫が自らどんな選択をするかで、新たに現在する物語の「始まり」がはじまるわけです。
⭐️【佚書一節】本をなくしても記憶に残りそうな一節
われわれが希望を失わない間は、
希望もわれわれを裏切ることはなく、
災いがもたらす不幸もわれわれを
打ち枯らしてしまうことはできない
(P497)
⭐️こんな人に読んでほしいかも
ドン底にあって絶望し、悲観的になって、自殺や、はては犯罪まで考えている人、あるいは、考えすぎて、二進も三進も行かなくなってしまう人には、この本は他の選択を考えるきっかけになるかも。
⭐️作品分類🌙 まだ読んでない人は、読まないほうが、、、、
🌛事件・・・・・・連続誘拐殺人事件
発生場所・・・・・埼玉県と東京都
被害者・・・・・・4人の 小学低学年生
被害者の隠し方・・殺害現場=遺体発見場所
犯罪手段・・・・・拳銃による射殺
🌛作品のトリック
主人公が選択しうる未来についての妄想
手がかり・・・・・✨誘拐事件にしては少額な身代金要求
✨射撃反動の少ない扱いやすい拳銃使用
✨メールアドレスが記載された被害者親の名刺
✨偽装された塾通い
✨殺人現場と容疑者持ち物に共通する「土」の成分分析
🌛人間に関するトリック
意外な犯人 = 小学六年生・・・主人公の息子
動機・・・愉快犯に近い金銭目的
背景・・・大人が煽る消費社会